学校では教えてくれない歴史の話 学校では教えてくれない!歴史の話(春秋戦国編)

【キングダム】李牧その最後は秦の陰謀か?李牧のすべて

更新日:

【キングダム】政や信に立ちはだかる最大の敵李牧(りぼく)

キングダムの主人公サイドである信と政はこれまで、国内外の敵と死闘を繰り広げてきました。

国内の政の敵筆頭はもちろん呂不韋(りょふい)一派であったわけですが、40巻で政と呂不韋は一区切りがつきました。

けれど、国外の敵はまだまだ残っています。

これからは中華全土統一に向け、苛烈な侵攻戦を繰り広げることになるのですが、その中でも最大と敵はやはり趙の李牧(りぼく)ではないでしょうか。

李牧(りぼく)の初登場は13巻135話で、あの王騎率いる秦軍と侵攻してきた趙軍の戦いを遠目から見守る河了貂蒙毅のそばに、飄々とした姿で現れました。

この時は読者も河了貂もこの男が誰かわかっていませんでした。

なかにはピンときた歴史通もいらっしゃったとは思いますが・・・

ほぼ同時期、秦軍総大将の王騎

「今の後退には何かあらかじめ練っておいた策の気配を感じました」

キングダム13巻136話

と不穏な気配を感じ取っています。

この激しい戦は、王騎の死という衝撃的な結末で終わりました。

短距離戦も長距離戦も得意だという天才王騎に、最後まで自分の存在を隠し通した李牧(りぼく)の策の勝利でした。

「しばらくその男を中心に中華の戦は回るでしょう・・・」

キングダム16巻172話

王騎の言葉通り、この戦で名を知らしめた李牧(りぼく)は趙国の宰相に就任。

軍事、外交、国政にその才能を発揮します。

呂不韋の画策で秦国を訪れるを得なくなった際には、呂不韋と五分にやりとりして秦趙同盟も締結しました。

結果、秦は後顧の憂いなく魏国を攻め、山陽を奪取しました。

もちろんそこで引き下がる李牧(りぼく)ではありません。

秦国が山陽を足掛かりに中華進出も目論んでいることを悟った李牧(りぼく)は、思いがけない行動に出ました。

それがキングダム25巻から始まる合従軍編です。

さすが李牧(りぼく)、なんと李牧(りぼく)は秦以外の国々と盟を結び、秦国に大軍を差し向けたのです。

秦国側は総司令官である昌平君(しょうへいくん)を中心に"すべての防衛線を捨て、前将軍を函谷関に配置"する作戦を取りました。

秦国諸将の奮闘で函谷関(かんこくかん)をなかなか突破できない合従軍。

李牧(りぼく)は自ら別動隊を率いて、秦の首都・成陽に至る道の砦を次々に落としていきます。

秦軍が全力で函谷関(かんこくかん)を守っている間、別動隊を使って成陽を攻め落とそうという李牧(りぼく)は立てていたのです。

瞬く間に、成陽ののど元蕞(さい)の到着する趙軍。

しかし、蕞(さい)にはなんと政が出向いていました。

まさに総力戦です。

王の言葉で蕞の民たちは奮起し、楊端和(ようたんわ)の援軍が来るまで信たちと砦を守り通したのです。

結果李牧の計画した合従軍による秦侵攻作戦は失敗に終わりました。

【キングダム】史実の桓騎を敗走させる李牧(りぼく)

今後、李牧(りぼく)がどんな動きを示すのでしょうか。

が成人して以降の趙との戦いの流れを追っていきます。

『史記 秦始皇本紀』によれば、紀元前236年、桓騎(かんき)・王宜安(ぎあん)城を落としたことがあります。

この時、桓騎(かんき)はその地にとどまり、王翦(おうせん)が閼与(あつよ)、鄴(ぎょう)といった街を落としていきました。

翌々年、勢いに乗る秦軍が再び趙に侵攻。

桓騎(かんき)が平陽を攻めて、守っていた趙の将軍を討ちました。

この時、桓騎(かんき)は10万人の趙兵の首を斬ったと伝わりますから、趙の桓騎(かんき)への憎悪は激しく高まったに違いありません。

そしてこういった秦の一連の侵攻に対応しきれず、やられっぱなしの趙の中枢は北辺で武功をあげていた李牧(りぼく)を呼び出し、大将軍の地位につけました。

始皇14年、桓騎(かんき)率いる秦ぐんがみたび趙に侵攻します。

この侵攻で平陽、武城を平定する武功をを挙げた桓騎(かんき)は、つぎに宜安(ぎあん)をせめます。

そこに立ちふさがったのが李牧(りぼく)でした。

守戦に優れた李牧(りぼく)は桓騎(かんき)の侵攻を見事に食い止めました。

史書によって桓騎(かんき)の負け方はことなり、『史記』では敗走ののち、秦から逃亡。

『戦国策』によれば李牧(りぼく)に討たれたとされています。

李牧(りぼく)の活躍はそれだけではありません。

翌年、秦軍はまたもや趙国に侵攻し、番吾をせめます。

しかし、これも李牧(りぼく)の活躍により阻止。

それだけではなく、なんと秦から領土を奪うことに成功します。

当時秦は圧倒的な強さをほこり、秦の領土を奪ったのは李牧(りぼく)だけだといわれています。

こういった活躍は秦にとっては目の上のたんこぶでありました。

始皇18年秦国は王翦(おうせん)楊端和羌瘣(キョウカイ)を投入して趙を攻めますが、李牧(りぼく)に妨げられてうまくいきません。

そこで、趙王の奸臣・郭開(かくかい)に賄賂を渡し

「李牧(りぼく)と司馬尚が謀反を企てている」

と噂をさせました。

ときの趙王・幽穆王(ゆうぼくおう)はこれを信じてしまい、李牧(りぼく)を更迭しようとします。

けれども身に覚えのない李牧(りぼく)はこれを拒否。

するとなんと、幽穆王(ゆうぼくおう)は李牧(りぼく)をとらえて抹殺していまうのです。

幽穆王(ゆうぼくおう)には、名声と実力を兼ね備えた李牧(りぼく)に対する嫉妬心、恐怖心があったとされています。

こうして、秦国の謀略により李牧(りぼく)は歴史から姿を消しました。

李牧(りぼく)失脚後、趙はあっというまに秦に征服されてしまいます。

【キングダム】李牧(りぼく)が他国亡命の可能性はあるのか?

『キングダム』を振り返ってみると現在、率いる飛信隊は、秦国武将・桓騎が率いる趙侵攻軍に加わり、離眼城(りがんじょう)攻略のために黒羊丘でたたかっています。

その少し前、"山界の王"楊端和の軍勢が魏国の城を落としたというニュースが、秦国を駆け巡りました。

これは『史記 秦始皇本紀』にかかれています。

史記によるとこのとき桓騎軍が攻めていた離眼城は始皇11年、桓騎(かんき)王翦(おうせん)楊端和(ようたんわ)らの軍が趙の鄴(ぎょう)を攻めて、その周辺の9城を落としたとなっている1城と考えられます。

史実通りの流れなら、この戦は秦軍の勝利に終わり、翌々年に桓騎軍が二度目の趙侵攻。

そして三度目の侵攻で李牧(りぼく)に敗北という流れになると思います。

ただし気になる点もあります。

479話で信と羌瘣(キョウカイ)は桓騎軍の戦い方に完全に拒絶していました。

桓騎軍のやり方は、理想に燃える政の方針とも合致しません。

桓騎(かんき)が自分の戦い方をかえるのか。

がストップをかけるのか。

それとも李牧の出番がはやまるのか。

とても楽しみであります。

李牧(りぼく)に関しては、かっれの最後も疑問です。

史実の李牧(りぼく)の死は悲惨と言っていいものでした。

その最初のきっかけは秦の謀略です。

しかし、現在の政は中華統一に燃える若きカリスマであり、そういった薄暗い策を好むようにはみえません。

の盾であり剣でもある信も、絶対に反対するでしょう。

何しろ信は李牧(りぼく)に対して

「お前は俺が正面からこえなくちゃなんねぇ壁だからな」

キングダム24巻

と真っ向から宣言しています。

一方秦国から賄賂を受け、李牧(りぼく)を失脚させた郭開に名は、キングダムにも登場しています。

34巻で昌文君(しょうぶんくん)が趙に潜り込ませた間者におべっかを使われていた大臣、それが郭開です。

たとえば、政のためを思った昌文君(しょうぶんくん)が李牧(りぼく)失脚を謀ったとしたら、間者は昌文君(しょうぶんくん)手の者であり、しかも一度李牧(りぼく)を遠ざける策を郭開(かくかい)に授けて成功しています。

郭開(かくかい)が間者を信じる可能性は大変高いと考えられるので、こういった展開なら政や信の清廉潔白さをゆがませることなく李牧(りぼく)失脚が描けるのではないでしょうか。

ただ龐煖(ほうけん)と信の一騎打ちも史実には存在しないことだったので、この際思う存分キングダムとして面白く描いていただきたいなと個人的にはおもっています。

しかし、信にあそこまで言わせた宿敵が、信に関係なく、ましてや謀略で殺されてしまうなど、ファンとしてはとてもさみしいです。

せめて亡命してもいいから生き残ってと大戦をしてもらいたいなと勝手におもっております・・・

キングダムに関するおすすめ動画

-学校では教えてくれない歴史の話, 学校では教えてくれない!歴史の話(春秋戦国編)
-, ,

Copyright© あきちゃんの歴史LABO , 2021 All Rights Reserved.