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【キングダム】呂不韋(りょふい)謎多き史実徹底解説!巨万の富を築いた商人

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【キングダム】呂不韋(りょふい)各国を渡り歩き巨万の富を築く

キングダム40巻で長かった政陣営と呂不韋陣営の戦いに決着がつきました。

加冠の儀を終え、呂不韋が仕組んだ嫪毐(ろうあい)の乱を見事に鎮圧させたは、名実ともに秦の王となったのです。

呂不韋は

『まさに完敗だ』

キングダム40巻

とつぶやき、自身の敗北を認めたのでした。

まずは、史実の呂不韋の人生を振り返ってみます。

呂不韋は中原にあった小国で、戦国七雄時代には、韓・魏の半属国状態であった衛(えい)の出身です。

若いころから商才を発揮して巨万の富を築きます。

趙国で人質となっていた秦の公子・子楚(しそ)と知り合い、彼への投資を決めました。

この時、呂不韋が言った有名な言葉が

「これは奇貨なり。居くべし」

つまり

「珍しい品物だ。これを買っておくべきだ」です。

根っからの商人だった呂不韋は、現在はみすぼらしい子楚とだけど、うまく磨いて投資すればその価値ははねあがることに、本能に気づいていたのでしょう。

呂不韋は子楚を秦の中枢に近づけるべく、様々な方法を考えます。

まず趙の社交界で子楚の顔を売りつつ、秦の安国君(あんこくくん、子楚の父、昭襄王の太子)の寵愛を受けていた華陽(かよう)夫人に金銭で働きかけ、子楚を彼女の養子にしました。

これで安国君は自分の後継者に子楚を指名。

趙で惨めな生活を送っていた太子は子楚は、呂不韋のおかげで王位への道が開けたのです。

そう考えると政にとっても感謝しなくてはいけない存在なのでしょうか。

またこの時、子楚は呂不韋の愛人だった趙の美姫(芸奴だったといわれている)をもらい受けます。

姫の美しさに見初めた子楚が呂不韋にねだったといわれています。

彼女がのちの秦太后であり、子楚との間に生まれた男児が政、のちの始皇帝です。

【キングダム】呂不韋賭けに勝ち、秦国丞相の地位を手に入れる?

紀元前258年、秦の昭襄王(しょうじょうおう)は、孫でもある王位継承者でもある子楚がいるのにもかかわらず、趙を攻めてしまします。

趙で処刑されそうになった子楚は、呂不韋に金を積んでもらって役人を買収します。

なんとか秦に逃げ延びましたが、この時妻子の趙姫、政は趙に取り残されました。

呂不韋の息のかかった豪族に家にかくまわれたとされていますが、それでも2人は潜伏に苦労し、ひどい目にも遭ったようです。

紀元前225年、昭襄王が死んでからは安国君が即位して考文王となりますが、なんとかわずかで1年で死去。

太子の子楚が荘襄王(そうじょうおう)として即位するときがやってきました。

今まで荘襄王の面倒をみてきた呂不韋にも大きな見返りがもたらされることになりました。

秦の丞相に任命されたのです。

大金を賭けて子楚を買った呂不韋は賭けに勝ち、ついに一国のトップまで上り詰めたのでした。

荘襄王からすれば、呂不韋は命の恩人。

大きな権力を握るのは必然だったのかもしれません。

紀元前246年、荘襄王も若くして死去し、わずか12歳の政が即位しますが、当然政務はできません。

呂不韋は仲父という後見人のような位を与えられ、ますます権勢盛んになっていきました。

ここまでがキングダム以前の話となります。

そしてキングダムでも描かれている通り、呂不韋と政の激しい権力争いへとステージをかえるのです。

【キングダム】呂不韋は史実どうりに服毒自殺するのか?

キングダムでは嫪毐(ろうあい)の乱で政を亡き者とし、玉座の後釜に自分が座ろうと画策していました。

つまり嫪毐(ろうあい)の乱も呂不韋の計画のひとつだったのです。

史実の呂不韋の場合、王座奪計画の罪に問われたわけではなく、太后と嫪毐(ろうあい)を結び付けたなどの罪で連座となったようです。

本来ならば処刑ですが、今までの功績から丞相罷免、蟄居という罪ですまされました。

キングダム40巻では呂不韋の処遇は保留・・・ですが、太后の塔に幽閉されていて、これに関しては史実同様です。

史実は幽閉されたまま死去しますが、キングダムの政は嫪毐(ろうあい)の遺児を場外に逃がしている上に、太后に対しても

「国内が完全に落ち着いたら、必ず二人と引き合わせます。」

キングダム40巻437話

と告げています。

もしかしたら塔から出してどこか別の地で子供と暮らさせるのかもしれないですね。

一方、呂不韋は史実では丞相を退いたものの有力者との交流を辞めない呂不韋に皇帝が不審を募らせ、古蜀地域への流罪をめいじ、絶望した呂不韋は服毒自殺お遂げました。

ただキングダムの根性が座った呂不韋なら、流罪の地でさらに一旗揚げようと企んでもおかしくありません。

蜀(しょく)には宦官(かんがん)・趙高(ちょうこう)も流されていますから、この二人が結びついたらもう一波乱はあるかもしれません。

しかし、呂不韋は政との話し合いで、彼の抱く『中華統一』の野望に感化されていました。

呂不韋本人が

「心の隅でどこか高揚しているのも事実」

キングダム40巻437話

と述べていました。

たぐいまれなる財産と人脈をを使って、政のために何かしらしてから逝くとではないかと・・・

例えば、他国の情報などは呂不韋が一番得意とすることでしょう。

または、その莫大な財産を利用し秦の財政難を解消(一揆など)

そうして政に置き土産を残し堂々と服毒する。

それがキングダムで描かれている呂不韋にふさわしい死に様なのではないでしょうか。

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