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2020年【キングダム】騰(とう)将軍史実徹底解説!六将王騎の意志を継ぐ

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【キングダム】史実の騰(とう)将軍とは?

騰(とう)将軍の特徴としてはまず目につくのがその外見です。

緩いウェーブのかかった西洋貴族のの様ないでたちでアジア人なのかという疑問もあります。

史実上の騰(とう)将軍は首都及び近くの県を統治する「内史」だったと記されています。

しかし文官だったというわけではなく、秦が中華を統一するときに韓を攻略しているので将軍であった騰(とう)将軍が、統治していると考えるのが自然でしょう。

また、名前が「騰」という名前ですし、史記にも特に騰(とう)将軍が白人であったという記述はどこにもありませんので、実際は信たちと同じ秦国出身でったと考えられます。

しかし、漢字の名を持ち、史実が中華の人間だったからといって、キングダムの騰(とう)将軍が白人ではなかったと言い切れるわけではありません。

【キングダム】史実の騰その独特な風貌秦の人間なのか?

陽端和(ようたんわ)河了貂(かりょうてん)のように、山の民でありながら漢字の名をもった人物も登場していますし、陽端和(ようたんわ)にいたっては、史実では中華に人でありおそらく男性です。

これを考慮に入れると、作中では騰(とう)将軍が別の民族である可能性は十分にあるので、キングダムで描かれているような風貌であったことも十分に可能性はあります

では、彼が白人だったと仮定して、なぜ「騰」という漢字の名前がついているのでしょうか。

山の民は陽端和(ようたんわ)配下のバジオウやタジフ、合従軍の函谷関攻めで燕将(えんしょう)として参加したオルドなど、彼らはすべて名前がカタカナになっているので、作中では「中華以外の民族はカタカナの名前」というルールが設けられていると考えられます。

もちろんストーリー上面白くなるようにフィクションの登場人物だった可能性もありますが・・・

また、李牧配下のカイネなどの場合は山の民出身の場合や過去の記事で北方の騎馬民族の戦術や匈奴などの戦いなどが関係しているものと考えらえます。

しかし、河了貂(かりょうてん)は、山の民でありながら漢字の名前を持っています。

これは、幼いころより秦で暮らしたためとも考えられるので、ひょっとすると、騰将軍も、何らかの事情により、幼いころに秦に渡ってきた、あるいは親の代に秦へと渡り、そこで生まれ、白人のような見た目をし、漢字の名を名乗っているのかもしれません。

もっとも、陽端和(ようたんわ)のような女性として設定が変わっているが、実在した人物であるため名前をそのまま使ったのかもしれません。

【キングダム】史実の騰一国を滅ぼすほどの実力!晩年は市町村長になる?

騰(とう)将軍は王騎亡き後、王騎軍をそのまま引き継ぎ、騰軍として再編成したため、王騎軍軍長であった録鳴未(ろくおみ)、隆国(りゅうこく)も当初は騰(とう)将軍の参謀として仕えていました。

しかし、論功行賞により将軍となった二人に対し、は二人も新しい六将候補だと警戒しています。
※旧六大将軍はこちらをご覧ください。

しかし、作品中では「騰の部下」の印象が強い彼らは個人的には六将入りは微妙な線だと思っています。

史実では騰(とう)将軍は紀元前231年に南陽の地の仮の守となり、翌紀元前230年、韓を討ち滅ぼします。

この快進撃はまさに六将の突破力としか言い様がありません。

騰(とう)将軍は『語書』に南郡の郡守として名前が載っているといわれています。

郡守とは、市長村長です。

韓を征服した騰は、なぜ左遷とも思える待遇に処せられたのか・・・

今後のキングダムの展開でどう描かれるのか楽しみです。

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