学校では教えてくれない歴史の話 学校では教えてくれない!歴史の話(幕末編)

木戸孝允(きどたかよし)(別名桂小五郎)明治維新の最大の立役者渋沢栄一とも深い関係が?

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【明治維新】西郷.・.大久保・木戸の身長について

今後大河ドラマ『青天を衝け』では、幕末・明治期の偉人:木戸孝允(きどたかよし)は、どのように登場していくのでしょうか?

渋沢栄一とどのように関わっていくいくのか?

是非最後までご覧ください。

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2021年【大河ドラマ】木戸孝允(きどたかよし)桂小五郎朝敵から新政府のトップに上り詰めた明治維新の立役者

西郷隆盛、大久保利通と並んで「維新の三傑」と評される政治家

1833年に長州藩の藩医の家に生まれ、同藩士・桂家の養子となる。

藩校・明倫館で吉田松陰(よしだしょういん)に兵学を学び、剣術では藩に許可を受けて江戸で練兵館に入門して免許皆伝を受けます。

木戸孝允
木戸孝允

ペリーの来航を間近に見て衝撃を受け、西洋兵学や英語などを学び、吉田松陰(よしだしょういん)の強い推薦を受けて藩上層部に取り立てられます。

朝廷や諸藩を相手に外交活動を担った桂小五郎は、同じ吉田松陰門下の高杉晋作(たかすぎしんさく)や久坂玄瑞(くさかげんずい)らと尊攘運動を推し進めるが、慎重論を唱える桂に対して、1863年に朝廷からの要求を受けた幕府の攘夷宣言通りに久坂が関門海峡で外国船に砲撃するなど、藩は必ずしもまとまっているわけではなかったのです。

8月18日の政変が起こると、桂は名前を変えて京都に潜伏し、長州藩復権への工作を図ります。

1864年第一次長州征伐後、高杉が長州藩を掌握すると、桂はリーダーとして藩に復帰します。

1866年1月には坂本龍馬(さかもとりょうま)と中岡慎太郎(なかおかしんたろう)の斡旋によって京都の薩摩藩邸で木戸と西郷隆盛との会談が行われ、薩長同盟が成立します。

薩長同盟の下、薩摩名義でイギリスから武器や軍艦を購入し、同年6月に起こった第二次長州征伐に勝利しました。

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薩長同盟
幕末、大きな力を持つ薩摩藩と長州藩は、国のあり方をめぐり対立。
対立していた2つの藩が同盟によって手を組むことになります。
この仲介役に尽力したのが坂本龍馬でした。

あきちゃん
あきちゃん

第二次長州征伐前に桂は、長州藩主・毛利敬親(もうりたかちか)から木戸姓を頂いており、1868年以降自分の諱(いみな)である孝允を用いて木戸孝允を名乗っています。

1867年には長州藩は朝敵を解かれ、翌年には木戸が総裁局顧問を拝命し、明治政府のかじ取りを任されることになりました。

1868年に五箇条の御誓文(ごかじょうのごせいもん)を出して国内外に明治新政府の基本方針を示した木戸は1871年には廃藩置県(藩を廃止して、府県に統一したこと)を断行します。

五箇条の御誓文
明治天皇が神々に新政府の目標や方針を誓ったことです。

  1.  廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スベシ
    (翻訳)日本中から優秀な人を集めて会議をして決めよう
  2. 上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フべシ
    (翻訳)身分関係なく日本を治めていこう
  3. 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
    (翻訳)政府や武士、さらに一般の国民もそれぞれの責任を果たして目標を達成していきましょう
  4.  舊來ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クべシ
    (翻訳)これまでの悪い風習を捨てて道理にあった方法で何事もやっていこう
  5. 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スべシ
    (翻訳)知識を世界に広めていき、天皇中心に日本やこれまでの日本の伝統を大切にして日本を発展させていきましょう

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同年、12月からは岩倉使節団に随行して欧米諸国の視察に出発します。

だが帰国後に体調を崩し、西郷隆盛が西南戦争を起こした1877年、その行く末を見届けることなく、5月26日にその生涯を閉じます。

2021年【大河ドラマ】木戸孝允(きどたかよし)桂小五郎突然の来訪で栄一を驚かせた開明派の元勲

当時大蔵官僚であった栄一と明治新政府の実用的責任者であった木戸が初めて会ったのは1870年8月で、当時栄一が住んでいた湯島の自宅を木戸が訪れて、渋沢栄一のフランス留学時の話や国内外の情勢についての考えを尋ねたといいます。

渋沢栄一
渋沢栄一

木戸孝允は所謂威あって猛からずというような、至って慣れやすいところがあって、また時には凛呼として侵がたいところがあった。」

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2021年【大河ドラマ】木戸孝允(きどたかよし)剣の達人でありながら「逃げ」に徹した桂小五郎

8月18日の政変後に地下に潜った桂小五郎は、新選組に急襲された1864年の池田屋事件、京都を追放された長州藩勢と松平容保率いる会津藩勢が市街戦を繰り広げた同年の禁門の変など、辛くも逃げ延びて命の危機を脱しています。

そんな桂は「逃げの小五郎」とバカにされてきたとされてイそんな桂は「逃げの小五郎」とバカにされてきたとされています。

禁門の変で朝敵とみなされた長州藩への追及は厳しく、中でも中心人物である桂への捜査は特に激しかった。

そんな中で、桂は、潜伏中も新堀松輔、広戸孝助などと名前を変えて必死に追及の手をかわしていました。

本来は神道無念流の錬兵館で免許皆伝であり、近藤勇をして、「恐ろしい以上、手も足も出なかったのが桂小五郎」と言わしめたが、いたずらに敵に立ち向かわない状況判断と、大望を果たすために一時の恥じに耐え忍ぶ精神力が、長州勢を朝敵から明治新政府の主導者的立場へと導いたといえるでしょう。

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2021年【大河ドラマ】木戸孝允(きどたかよし)桂小五郎漢観光スポット

基本情報

Tel0838-25-3139 (萩市観光課)
住所萩市呉服町2-37
営業時間9:00~17:00
休日無休
駐車台数
Webサイトhttps://www.hagishi.com/oidemase/greatman/kidotakayoshi
料金100円(小学生未満は無料)
アクセス萩循環まぁーるバス(西回り)「萩美術館浦上記念館・萩城城下町入口」バス停より徒歩約4分
備考◆最寄りの駐車場◆
中央公園駐車場

 

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