信はそれまで使っていた漂(ひょう)から託された「剣」を使っていましたが、3巻373話から、王騎(おうき)将軍から託された「矛」を使うようになり、天下の大将軍へ向けて成長しています。
しかし、信が使っているこの「矛」、実際にはこの時代に存在しないものだったのです。
キングダムの春秋戦国時代の武器とは
信の矛について触れる前に、この時代に歩兵・騎兵が使っていた武器について見ていきます。
まず長距離用の武器としては「弓」と「弩」がありました。
弩は機械式の弓のことであり、反発力が高く、弓よりも射程・威力において勝っていました。
また、弓と違って扱いが簡単なため、少ない訓練時間で誰でも扱えるようになる上、個人の技量で命中精度と威力が大幅に変わらないというメリットもありました。
しかし、弩はその反発力の高さゆえ弦を引くために全身の力を利用しなければならず、発射後に次の矢を装填するまでに時間がかかってしまうという大きな欠点もありました。
そのため、歩兵は主に弩を、動きが制限される騎兵は主に弓を使っていたようです。
続いて白兵戦用の武器ですが、近接専用として、信をはじめ、多くの武将が使っている「剣」のほか、投擲にも用いられた「ヒ首(あいくち)」などがありました。
この頃の剣は直刀で、鍛造技術の進歩により青銅製からより丈夫な鉄製へと素材が変わってきた時期でもあります。
また、馬上からの攻撃あるいは、地上から馬上の敵を討つために、長剣も用いられていたようです。
さらに長柄武器として、合従軍戦のさなか、楚将・貝満が使用していたような「戟(げき)」、柄に対して直角な刃を持ち、敵を引っ掛けて馬上などから引き摺り下ろす
「戈(ほこ) 」、穂先が別れている「叉(さ)」などのほか、「矛(ほこ)」もありました。
ですが、この時代の「矛」は真っ直ぐな両刃の穂先を持った武器であり、片刃で湾曲した刃を持つ信のものよりも、王賁(おうほん)の使っている「槍」こそが、この時代の「矛」に近いものだったとされています。
キングダム信は1000年先の武器を使っている
では、信の使っていた王騎(おうき)の矛は、いったい何の武器が元となっているのでしょうか。
実は、これに似た武器が、同じ中国が舞台の有名な物語に登場します。
それは、『三国志演義』で関羽(かんう)が使っている「青龍 偃月刀(せいりゅうえんげつとう)」です。
『三国志演義』は、中国の明代に書かれた、後漢末・三国時代(魏、蜀、呉)を舞台とする時代小説・通俗歴史小説である。四大奇書の一つに数えられる。
三国志演義 - Wikipedia
※関羽とは
関羽 - Wikipedia
関 羽(かん う、延熹3年(160年)?‐ 建安24年12月(220年1月))は、中国後漢末期、蜀漢の将軍。字は雲長(うんちょう)。元の字は長生。司隷河東郡解県(現在の山西省運城市塩湖区解州鎮常平村)の人。
おそらく原先生は、当時実際に使用されていた「矛」を、日本人になじみの深い「槍」とし、作中の「矛」を、槍と差別化するために青龍偃月刀のようなものとして描いたのでしょう。
ちなみにこの青龍偃月刀、正史である陳寿の『三国志』では一切の記述がないように、実際には信たちの時代から500年あまり経った三国時代でもまだ登場していません。
青龍偃月刀が使われたのは、三国時代からさらに500年後の宋(そう)の時代に入ってからと言われています。
そうした意味では、信は1000年も未来の武器を使っていることになるのです。
ほかにも、楚の項翼が使っている莫邪刀や、廉頗四天王の一人・輪虎の曲刀など、多くの将が使っている湾曲した刀「柳葉刀」も、宋の時代に普及した武器です。
「剣」の説明のところでも触れましたが、鍛造技術の向上によって素材は変わったものの、この時代の剣の形状は古代から変わらず真っ直ぐなものでした。
また、合従軍と秦との戦いの際、楚の将軍・汗明(かんめい)が
「十数年ぶりだぞ俺に大錘,を持たせる者はな」(3巻8ページ)
といって持ち出した大きな金属製の棍棒「大鐘(おおがね)」も、未来の武器と言えるかもしれません。
「大鐘」という武器自体は、戦国時代でも実際に用いられていましたが、汗明(かんめい)の大錘のような形ではなく、西洋の「モーニングスター」のような、先端に球状の「おもり」が付いていたものが一般的だったようです。
『キングダム』で描かれている大錘は、宋の時代に使われた「狼牙棒」のほうが形状的には近いと思われます。
ただし、使用者が好みで自分の武器に改造を加えることもあったので、もしかするとこちらは、実際に使っている人がいた可能性もあります。
キングダム呉鳳明(ごほうめい)発明の巨大井蘭車はあったのか
『キングダム』には、個人が使う武器だけでなく、戦車や攻城兵器といった「兵器」もいつか登場していますが、これらは実在したのでしょうか。
登場した戦車ですが、これは史実に則したものといえそうです。
戦車春秋時代以前から使用されており、時代によって大きさや馬・乗員の数に違いがありましが、戦国時代末期あたりは、馬が2頭立てで、乗員は御者が1人と戦闘員が2人だったとさています。
車軸が武器になっているものも実際にあったようです。
しかし『キングダム』の時代には、戦車はすでに時代遅れのものとなっていました。
政の時代より遡ること百年余り前、趙の武霊王(ぶれいおう)が採用した「胡服騎射(こふくきしゃ)」という馬上から弓を放つ騎馬隊が戦場で大きな成果を挙げたために、それまで軍の花形兵科であった戦車は、騎兵にとって変わられるようになっていったのです。
確かに直線的で騎馬隊に比べると機動力も劣るため仕方のないことかもしれませんね
続いて攻城兵器です。この時代の攻城兵器には、城門を破壊するのに用いられた、
巨大な槌を搭載した「衝車(しょうしゃ)」、
衝車(しょうしゃ)とは.
中国の歴史上の攻城兵器。攻城塔の一種。 中国の歴史上の攻城兵器。破城槌の一種。「撞車」とも書く。
衝車 - Wikipedia - ウィキペディア
巨大な石を発射して城壁を破壊する「投石機(とうせきき)」、
投石器(とうせきき)とは
カタパルト (投石機) は、石などを投擲して敵の人馬もしくは城などの建築物を標的とし射出攻撃する兵器(攻城兵器)である。
カタパルト (投石機) - Wikipedia
城壁を昇るための「井蘭車(せいらんしゃ)」「雲梯(うんてい)」とは
攻城塔(こうじょうとう、ブリーチング・タワー、中世にはベルフリーとも呼ばれた)とは、要塞の防壁に接近する際、攻撃者やはしごを防御するよう特別に作られた攻城兵器である。攻城櫓(こうじょうやぐら)とも呼ばれる。
攻城塔 - Wikipedia
などがありました。
『キングダム』では、通常の井蘭車のほかに、函谷関の高い壁をよじ登るために、魏の呉鳳明が発明したとされる「巨大井蘭車」が登場しています。
この巨大井蘭車は、単に大きいだけでなく、攻城兵器の1つ「雲梯(うんてい)」を組み合わせたものでした。
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こういった「改造井蘭車」のようなものは、『キングダム』オリジナルの兵器と考えるのが自然ですが、『史記』などには、具体的にどのような兵器であったのか詳細は不明ながら、攻城兵器(こうじょうへいき)をいくつか組み合わせた「多機能攻城兵器」のようなものについての記載があります。
ひょっとすると史実でも、呉鳳明の巨大井蘭車ようなものが登場していたかもしれませんね