キングダムの中でも趙との戦いはスケールが大きく激しい戦いが多く戦略的にも非常に面白い戦いが多いですね、
龐煖(ほうけん)という武将はキングダムの中でも異彩なキャラクターを持ちその登場や存在がミステリアスで謎が多くあり、魅力的なキャラクターです。
今回はそんな龐煖(ほうけん)のキングダムでの活躍や史実での龐煖(ほうけん)という武将について書かせていただきたいと思います。
そして合従軍の戦いで信との激しい戦いとその不気味ないでたちからものすごい存在感を放っていた趙の将軍万極(まんごく)も紹介したいと思います。
これを読んでいただければ、これからのキングダムがますます面白くなること間違いなしです。
是非最後までご覧ください。
【キングダム】新趙三大天龐煖(ほうけん)
他の強者の存在を許さない武の道の頂点を目指す
自らを「武神」と称し、超人的な力を振るって無数の死者を作り出す龐煖(ほうけん)。
彼が圧倒的な強さの持ち主であることは敵味方に知れ渡っているものの、その人柄については謎に包まれています。
龐煖(ほうけん)と剣を交えた羌瘣(きょうかい)は龐煖(ほうけん)は「求道者(ぐどうしゃ)」ではないかと推測しています。
求道者とは、特定の道を追い求めるもののことを指し、龐煖(ほうけん)の場合は武の道を極めることを目的としているようです。
普段は人里離れた場所で修練を繰り返しますが、道の極みに達したことを確認するために、人前に現れるとされています。
龐煖(ほうけん)には趙の総大将や「三大天」という肩書がありますが、彼自身は国や軍に興味がありません。
彼が興味があるのは、自分が最強の武人であるという一点だけであり、自分以外の強者を許さず、武に秀でたものがいれば例外なく戦いを挑みます。
紀元前253年には、趙の城を攻略中だった秦の六大将軍摎(きょう)をを殺害しました。
※ちなみに摎(きょう)は史実では女性ではなく男性です。
しかし、摎(きょう)の死に激昂した王騎(おうき)に手傷を負わされ、龐煖(ほうけん)は自分がまだ最強じゃないと痛感しました。
キズを癒し、山で修練を積んでいた龐煖(ほうけん)は、李牧に声をかけられて趙軍の総大将となり、勝利しましたが、それは「中華十弓」も魏加による不意打ちがあったからでした。
この結果に龐煖(ほうけん)は満足しておらず、
「死んだのは王騎だが、勝ったという手応えはない」
キングダム第172話
と、苦々しい顔で李牧に語っています。
その後、龐煖(ほうけん)は合従軍と秦の戦いに参加し、麃公(ひょうこう)と信と戦います。
麃公(ひょうこう)には勝利したものの片腕をおられ、信にはあろうことか深手をおわされて撤退を余儀なくされてしましました。
何人も寄せ付けない武神の身でありながら苦戦する事実に、龐煖(ほうけん)は
「何なのだ。貴様らは!!!・・・」
キングダム第172話
と怒りを覚えつつ困惑します。
撤退した龐煖(ほうけん)は、今後どのような動きを見せるのでしょうか。
史実には龐煖(ほうけん)に関して紀元前236年以降の記録がありません。
信との戦いで打ち取られてしまったかのように描かれていますが、もしかしたら今後龐煖(ほうけん)の事ですから登場することになるかもしれません。
キングダム龐煖 (ほうけん)力だけでなく頭脳明晰でもあった文武両道の将
キングダムでの龐煖 (ほうけん)描かれ方と史実との相違
「武神」と謳われるほどの圧倒的な武力を誇る龐煖。
ただ己の武のみを追い求め、強者を倒すことだけを生きがいとする。
かつて敗れた王騎への復讐の念を心の支えとしていた龐煖 (ほうけん)は、馬陽で王騎(おうき)を討ち取り、その雪辱を晴らすことに成功する。
その後、王騎の力がいったいどこからきていたのかを知るため、合従軍に参加。
李牧率いる別働隊に加わり、麃公(ひょうこう)を圧倒するも、信との一騎討ちではまさかの深手を負わされ、撤退を余儀なくされた。
作中ではひたすら武の権化として描かれる龐煖だが、史料をひも解くと、実は文武両道の将軍であった事実が浮かび上がってきます。
まずは龐煖 (ほうけん)の圧倒的な「武」
龐煖(ほうけん)が趙の将軍となったのは、244年、悼襄王によって将軍職を罷免された廉頗(れんぱ)が魏へと亡命したのちのことでした。
242年、龐煖は悼襄王から燕征討軍の主将に任ぜられると、燕将,劇辛(ベージ)を討ち取ることに成功しています。
さらに前241年、楚王が盟主となって楚、趙、燕、韓、魏の五か国合従軍が結成され、秦へ攻め入った際、龐煖は趙、燕、魏、楚の四か国の精鋭部隊を率いて秦の蕞の攻城戦に参加。
だが蕞城の守りは固く、おとすことはできませんでした。
合従軍本隊が函谷関で秦軍に敗れたため、龐煖もやむなく軍を引き揚げるが、龐煖は趙には戻らず、そのまま斉に攻め人ると、饒安(じょうあん)をおとしました。
このように、龐煖は趙にとって欠かせない将軍でしたが、前236年、悼襄王が崩御し、子の幽穆王が即位すると、歴史からその姿を消すこととなります。
幽穆王には重用されることがなかったのだろう。
次に龐煖 (ほうけん)以外にも「文」
龐煖はじつは頭の切れる人物だったらしく、縦横家として二冊、また兵家として三冊、『龐煖」という名の書を残しています。
いずれも散逸しており、現存はしていないが、『漢書』織姫がそれらの書を著したという記述が残っています。
一説によると、楚の道家・講冠子の弟子・龐子を龐煖と同一視する見方もあるので文においても優れていたという文献も存在しています。
キングダム最強の男・武神龐煖なぜは「武神」となったのか?
『キングダム」において、ひたすら「武」を追及する「求道者」として登場している龐煖は、ほかのどの武将よりもケタはずれの武力を見せつけています。
しかしながら史実での龐煖は、確かに趙で将軍として軍を率いてはいますが、哲学者、遊説家、軍事思想家としての面が強かったようで、兵法書を残していることからも「武」以上に「知」に長けていた人物であることがうかがえます。
ではなぜ、作品では史実とはむしろ反対の個性をもった「武神」として登場させたのでしょうか?
もし龐煖を史実のどおりの人物にしてしまうと、同じ趙の三大天である李牧や、秦の昌平君のような、作品中に登場するほかの知将と全く変わらなくなってしまい、かといって知勇兼備の将軍にしてしまうと、合従軍戦で計り知れない能力の一端を垣間見せた禍燐(かりん)や、ひょっとすると、まだ作品には名前だけの登場ながら、史実では後に信をさんざんに打ち負かした楚の将軍・項燕(こうえん)などとキャラがかぶってしまうおそれがあります。
そこで原先生は、彼の能力を二国時代の呂布のように極端に「武」に偏らせることによって、キャラの差別化を図ったのだと考えられます。
史実では「将軍」としてしか登場していないものの「暗殺者の女性」となった羌瘣(きょうかい)や、山界の女王となった楊端和(ようたんわ)など、ほかにも、キャラかぶりを防ぐ意味合いもあって作品で改定が変更されている人物が何人かいるので、おそらくは龐煖(ほうけん)もその中の一人なのでしょう。
しかしそれは理由の一つに過ぎません。
キングダム武神龐煖(ほうけん)が王騎の最後の一撃を押し返せなかった理由
キングダムでの龐煖(ほうけん)は、智略が不得手というだけでなく、「将軍」としての器量も足りていないようにみえます。
本人が「武」のみを追求し、それ以外のことに興味を示さなかったためでもありますが、あくまで彼の武力は一個人としての武力です。
作品中で、龐煖は秦の将軍である王騎(おうき)や麃公(ひょうこう)と一騎討ちでの死闘を繰り広げましたが、武人としては誰もが最強と認める龐煖が、瀕死となった彼らの最後の一撃を押し返すことができませんでした。
それは、趙軍の総大将となりながらも、龐煖が真の意味での「将軍」ではなかったからなのです。
王騎との一騎討ちの際の2人の会話でそれがわかります。9年にもおよぶ修練を積んだという自負とともに挑んだ龐煖は、王騎が打ち込む一撃の重さに驚きます。
腑に落ちない表情を見せる彼に王騎が、
「十三の頃より数えきれぬほどの戦場を駆け回り 数万の戦友を失い数十万の敵を葬ってきました」
「命の火と共に消えた彼らの思いが全てこの双肩に重く宿っているのですよ」
と言ったのに対し、龐煖は次のように答えています。
「死人の思いを継ぐなど残されたお前達の勝手な夢想 人は死ねば土くれと化す 敗者は地に落ち勝者は天に近づく 在る理はただそれだけだ」
将軍とは、自分が率いる兵すべての命、そしてこれまで葬ってきたすべての命を背負っている存在であり、王騎はその自分が背負っているものを載せて一撃を放っているのに対し、それを受ける龐煖が背負っているのはただ「自分」のみでした。
最終的には、龐煖の突出した武力によって王騎は敗れてしまいますが、瀕死となった王騎が振り下ろした決して鋭くはない一撃を龐煖が押し返すことができなかったのは、背負うものが自分以外には何もなかったからなのです。
また、龐煖のこの「将軍としての器量の欠如」は、今後、大将軍を目指す信にとって大き影響を及ぼすことになると思われます。
蕞防衛戦の最後において、信と龐煖が一騎討ちした際、自分の背負っているものすべてを叩きつけた信の一撃に、龐煖は弾き飛ばされてしまいます。
これによって信は、将軍としての条件の一つを無意識のうちに会得することになりました。
しかしこのとき龐煖も、自分に足りないものは何かということに気付き始めたため、もう一度信の前に現れるときは、さらに手強くなっているはずです。
その龐煖と再び剣を交えれば、信はさらに大きく成長することでしょう。
これもまた、龐煖が武一辺倒の人となった理由の一つと考えられます。
キングダム龐煖にトドメを刺すのは誰なのか ?
では「キングダム」の中で最強と思われるこの龐煖を討ち取るのは、いったい誰なのでしょうか。
順当に考えれば、龐煖に討たれた王騎、麃公(ひょうこう)からそれぞれ矛と盾を託された信が、二人の仇を討つという展開になると思われますが、ここでは別の角度からアプローチしてみましょう。
※実際には最新刊では結論が出ていますが、知らない方やアニメ派の方のために面白く解説いたします。
まず史実上での龐煖ですが、彼の晩年は不明となっています。
そのため、誰にでも彼を討ち取るチャンスがあるといえますが、作品中ではこれまで、王騎(おうき)や麃公(ひょうこう)など、いわゆる「キャラ立ち」した人物が最期を迎えるときは、一騎討ちという華々しい舞台が与えられています。
龐煖もかなり「キャラ立ち」した人物なので、おそらく一騎討ちの末に最期を迎えるようになるでしょう。
一騎討ちとなると、直接的に「武」と「武」が衝突し合うことになるので、常人離れした武力の持ち主ではないかと考えられ、その点では、信はもとより羌瘣(きょうかい)や楊端和(ようたんわ)、蒙武(もうぶ)、騰(とう)あたりが有力ですが、あるいは、成長した王賁(おうほん)、蒙恬(もうてん)あたりも候補に挙がるでしょう。
また、作品中での武力は未知数ながら、桓騎(かんき)や王翦(おうせん)も考えられます。
次に、今のところ龐煖唯一の弱点は、前述のように「多くを背負っている者には弱い」というところなので、先ほど挙げた人物の中でその条件にあてはまるのは、信、羌瘣(きょうかい)、楊端和、騰、それと王騎の死に触れてひと皮むけた蒙武、張唐(ちょうとう)に後事を託された桓騎(かんき)でしょうか。
さらに、龐煖の武力を考えると、初見で彼に勝利するのは相当厳しいはず。
となると、龐煖を倒すのは、一度彼と戦ったことのある人物という可能性が高いと思われるので、それを考えると、信と羌瘣(きょうかい)のどちらか、ということになりそうです。
見せ場として考えても、王騎(おうき)、麃公(ひょうこう)の想いを背負った信と龐煖の戦いも壮絶なものとなるでしょうし、羌瘣(きょうかい)のほうも、「神を堕とす者」と「神を宿す者」という人間離れした対決となり、どちらが龐煖を討ち取ってるおかしくはないでしょう。
ひょっとすると、信と羌瘣(きょうかい) VS龐煖という展開もありえるかもしれません。
いずれにせよ、ファンとしては今後の展開を待つばかりですが、対龐煖戦は、『キングダム」最大の山場の一つとなるのは間違いないでしょう。
龐煖は秦対趙の戦いに参戦するも「時すでに遅し」な状態になのか?
龐煖は趙の三大天の一人であり、『キングダム』で描かれている多くの豪傑たちの中においても、おそらく最も武力において秀でている存在です。
燕の劇辛、そして秦の王騎(おうき)、麃公(ひょうこう)といった中華にその名を轟かす大物たちを打ち倒した実力者です。
李牧が戦術を使い、追い込んでいる部分は大きいですが、実際に刃を交え、打ち倒しているのは龐煖であることが描かれています。
作中では戦の重要場面にて李牧と龐煖が揃って現れ、秦軍が窮地に立たされる場面が何度も描かれます。
龐煖は自らを
「我は荒ぶる神を宿す者 我は天の唯一の畏るる者天の災い我武神龐煖也」
と称し、自分は自らの内に神を宿し、天すらも恐怖する天災に近い存在であるとしています。
実際に初めて信たちの前にその姿を表した時には、まるで嵐のように飛信隊をなぎ倒し、壊滅寸前まで追い込んでしまいました。
また、合戦では一般兵はもちろん、名のある武将でも相手にならないことが多々あります。
史実とは異なる龐煖の人物像をさらに解説
このような純粋なる武や暴力の「求道者」として作中では描かれている龐煖ですが、史実においてはかなり実像が異なることを先ほども上記で書かせていただきましたが、さらに詳しく話をさせてください。
史実の龐煖はもともと弁論家、軍事思想家で「純粋な武の求道者」といった側面はありません。
また作中では圧倒的な力差で言葉も少なく一刀両断にしていた燕の劇辛とも、劇辛がまだ趙にいたころ交流があったとされ、劇辛はこの頃の龐煖のことを
「親しみやすい人」
と評していたそうです。廉頗(れんぱ)が趙を去った後に、李牧とともに武将として抜擢されたことは史実と変わりませんが、この時の龐煖はすでに30年以上趙にいたことになり、かなりの年齢になっていたと考えられています。
しかし軍法家としての頭脳もあり、武将としての実力は確かでした。
こうした智将な側面はどちらかと言うと作中における李牧の印象に近いものです。
李牧と龐煖はセットで参戦する様子が多く描かれていますが、もしかしたらキングダムでは、史実における龐煖の「武」と「智」の要素を作中の龐煖と李牧という二人に分割する形でキャラクターデザインを行ったのかもしれません。
キングダム龐煖(ほうけん)は趙の要所を巡る戦いの切り札?
そして『韓非子』では、紀元前236年に龐煖を将軍として燕に攻め入り、燕の狸や陽城などを落としたとされています。
そしてその隙を付く形で、秦の将軍王翦(おうせん)、桓騎(かんき)、楊端和(ようたんわ)が趙に攻め入っており、九城を失っています。
この時に韓非子(かんぴし)では
「龐煖は趙を救わんとして南下するが時遅く、部一帯を失う」
とされています。紀元前236年に王翦、桓騎、楊端和が趙へ攻め入るという事柄は、まさに現在連載中のキングダムの作中で描かれている出来事です。
作中では同時期に龐煖ではなく司馬尚が燕と戦い、退けることに成功していますが、今後龐煖が趙を巡る戦いに参戦してくる可能性も高いと言えるでしょう。
しかし、龐煖はこの時に戦場に間に合うことができるのでしょうか。
それとも史実通りに「時遅い」状態になってしまうのでしょうか。
キングダムの作中における合従軍と秦による函谷関をめぐる戦いの際には、龐煖は李牧の「隠し玉」的な存在として終盤の佳境に入ってから登場しています。
結果的に趙は敗退していますが、この時には秦の将軍・麃公(ひょうこう)を打ち取ることに成功するなど、一定の成果を上げています。
そう考えると、今回も李牧最期の切り札として、戦の最終局面になってから現れる可能性は十分に存在します。
ではこの時、龐煖と実際に戦うのはどの武将でしょうか。
今回、秦の総大将の立ち位置にいるのは王翦ですが、史実では
「名将王騎も龐煖との直接対決を避けていた」
とされています。
作中でも王翦は
「私は、絶対に勝つ戦以外興味はない」
と述べているように無理な戦いは行わない慎重かつ狡猾な将軍として描かれています。
そのため王翦が圧倒的な武力を誇る龐煖と、無闇に直接対決を行う可能性は低いと言えるでしょう。
一方で3年ほど時期は異なりますが、史記では紀元前233年に秦が趙を攻めた際、李牧が秦の将軍・桓騎を討ったとされています。
桓騎は今回の戦いではの包囲を担っている将軍です。
もしかしたら作中では、史実を少し前倒しする形で、桓騎と李牧、龐煖の戦いを描く予定なのかもしれない、と考えることもできます。
龐煖と信の最終決戦はいつなのか?「武神」限界はどこにある?
龐煖は現在描かれている『キングダム』の作中では、間違いなく最強クラスの武将として描かれています。
その実力は秦の無公や六大将軍・王騎、燕の救国の英雄・劇辛を討ったこと、そして主人公・信との度重なる戦いの様子からも明らかです。
この最強の武神・龐煖は、果たしてどのような最期を迎えるのでしょうか。
『史記』を参照すると、紀元前236年に秦の将軍・王翦、桓騎、楊端和が趙の絆を攻めた後、趙王であった悼襄王が亡くなり、幽穆王が即位しています。
悼襄王は廉頗がいなくなっていた趙において「李牧や龐煖を見出した」という点では、非常に優れた王だったと言えます。
龐煖は悼襄王の時代には武将として多くの活躍を残していますが、その次の王である幽穆王の時代には活動した記録が残されていません。
幽穆王と龐煖の間で何か仲違いがあったのか、それとも老齢となった龐煖が第一線から退いたのかはわかりませんが、史実の龐煖はその最期が明らかになっていないのです。
キングダムの作中における龐煖は、信の「師」とも呼べる王騎や麃公(ひょうこう)を直接討ち取っていることもあり、信の仇敵、そして越えるべき武の壁として描かれています。
信自身もそれを意識しており
「そいつとは俺が戦んなきゃならねェんだ」
と合従軍との戦いの最終局面でボロボロになりながらも立ち向かっていきました。
こうした作中での描写を見る限りでは、この後どこかで信が龐煖を打ち倒し、王騎や麃公(ひょうこう)の仇討を行い、同時に武将として最強の武の実力を兼ね備えるという展開が待っているのでは、と考えられます。
ではそのように信と龐煖の決着が着くのは、一体いつになるのでしょうか。ここで思い出したいのが、信の宿敵として真っ先に上げられる李牧という存在です。
史実において李牧が幽穆王に処刑されたとする後に、実は生き残っていたという可能性については、李牧に関する考察ですでに行いました。
そしてちょうどこの頃には、龐煖も史実からその活動の記録が消えています。
作中において、現在までの龐煖は李牧の切り札として活動していますから、李牧がもし生き残っていれば、その時も行動を共にしている可能性は十分に考えられるでしょう。
史実通りに紀元前223年に代王嘉と秦が戦う場合、作中ではそこで信と李牧・龐煖が激突し、宿命の決戦が行われる、という展開が待っているのかもしれません。
戦神龐煖を倒すために信に必要なモノは何か?
信が龐煖を打ち破ろとして、どのようにすればあの人間離れした存在である龐煖を打ち倒せるのでしょうか。
信が実力を上げていくことはもちろん前提にしながらも、その方法について少し考えてみましょう。
龐煖の強さ、そしてその弱点を考える際には龐煖の「武神」の力と似た「神降としの巫女の力・巫舞」を使う、羌規の発言が参考になります。羌瘣(きょうかい)は龐煖と初めて対峙した際に
「武神は呼吸の制限なく気を操り、常に蛍光の神堕とし、と同格の力を持ち続けろ」
と言っていますが、実際に戦った後には
「あれはおそらく呼吸の制限がないのではなく蛍尤の常識を越える長さを身につけているだけだ…」
とも言っています。龐煖の武神の強さにも、制限はあるということです。
そして
羌瘣(きょうかい)は深く神墜としを行った際に
「うったえる光を見た… それが本当に究極なのかと… そして以前遭遇した武神の姿にもその違和感があったお前達の道が至強に至っていないように感じるのは…. それを否定する対極の力が存在するからだ」
と感じています。
武神や巫舞には、対極の力があり、それを知らない限りは究極ではないということです。
羌瘣(きょうかい)はこの時に、自身の姉であろ羌象や飛信隊の存在を感じています。
そして龐煖は王騎や麃公(ひょうこう)との戦いで苦戦した際
「命の火と共に消えた彼らの思いが全てこの双肩に重く宿っているのですよ」
「山で一人でこもっているあなたには理解できないことでしょうねェ」
「やはり貴様は全く何も感じておらぬのだのォ わき上がってくる力をつむがれていく炎を!」
と言われています。
こうした発言をふまえて考えると、孤高の強さを求めろ「求道者」である武神の限界は、戦場における仲間や死んでいった者など「他者」の存在にあるのかもしれません。
合戦における武将、そして大将軍は孤高の強さよりも他者や兵とどのような関係を結び、そして導いていくかということが重要です。
こうした、「武神にはなく将軍にはある」人を動かし導く力を手に入れることが、信は龐煖を倒し超えること、そして信が本当の「大将軍」になるための重大な鍵だと考えることができます。
【キングダム】趙の将軍万極(まんごく)
秦を恨む趙の将軍長平で虐殺された40人の恨みを背負う
趙の将軍である万極(まんごく)は、ぎょろりとした目を持つ白髪の異様な見た目をしています。
秦に対してすさまじい憎悪を抱いており、秦の人間であれば兵士はもちろん、女子供でも容赦なく殺害してしまいます。
紀元前224年に起こった秦と趙の戦いでは、万極(まんごく)は自ら蹂躙部隊の指揮を買ってでて、殺戮の限りを尽くしました。
万極(まんごく)の言葉によれば、彼がこれまで殺した秦の民間人は一万を超えているそうです。
万極(まんごく)が秦を恨む理由は、彼の壮絶な過去に関係しています。
紀元前260年、秦と趙は長平にて戦いました。
趙は秦に敗北し、40万人の兵士たちが投降しましたが、秦の六大将軍の白起(はくき)は趙の兵士たちを生き埋めにすることを部下に命じます。
趙の兵士たちは少年兵も含まれており、万極(まんごく)もその一人でありました。
自力で土のなかから這い上がった万極(まんごく)は、それ以来他の生き残りとともに秦に対して憎悪を抱くようになるのでした。
紀元前241年合従軍と秦の戦いでは、万極(まんごく)は長平の大虐殺に遺族や遺児と構成された軍を率いて秦に戦いを挑み、飛信隊と激突します。
秦を強く恨んでいる万極(まんごく)軍の戦意は高く、ゾンビのように致命傷を与えない限り何度でも立ち上がりました。
飛信隊(ひしんたい)を率いていた信は、万極(まんごく)の強さだけでなく、彼の言葉にも苦しめられます。
信も大切な人である漂(ひょう)を戦争で失っており、戦争は起こるべくして起こるものだと考え、仇を恨む万極(まんごく)の心情が理解できたのです。
しかし、信は
国を統一すれば争いをなくすことができる
という政の考えを思い出し、失いかけた戦意を取り戻しました。
苦闘の末、信は万極(まんごく)にひと太刀を浴びせ、瀕死の彼に声をかけます。
「俺は長平みたいなことは絶対にやらねぇし!ぜったいやらせねぇ!」
キングダム第288話
信の言葉に、万極(まんごく)は
「お、お前たちのなそうとすること・・・を、地の底で・・・ずっと・・・みているぞ・・・」
キングダム第288話
と憑き物が落ちたような顔でで返し、9年も続いた長い苦しみからようやく解放されたのでした。
【キングダム】慶舎(けいしゃ)
史料に名がない謎の人物
慶舎(けいしゃ)は趙の武将ですが、史記では「趙世家(ちょうせいか)」に二回登場するだけであります。
一回目は紀元前256年、楽乗(がくじょう)とともに秦の信梁(しんりょう)の軍を撃破するという記事で、2回目は東陽にあって黄河の梁を守っていたという記事です。
これを最後に彼の名は二度と登場しません。
漫画「キングダム」では慶舎(けいしゃ)を本能型の軍師としての極みとし、「沈黙の狩人」の異名を与え、対合従軍の総指揮をとっているが、それを裏付ける資料は全く残っていません。
慶舎(けいしゃ)は謎多き人物といわざるをえません。
ただし、李牧の片腕であったとすれば、史書での登場回数が少ないのも納得がいきます。
軍師であればその活躍が史書に遺されることも少なく、多くは武将の功績としてのこされるからです。
キングダムに関するおすすめ動画
『キングダム』は、原泰久による日本の漫画。『週刊ヤングジャンプ』にて2006年9号より連載中。 第17回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞作品である。コミックス累計発行部数は2021年4月の第61巻発売をもって8000万部を突破している。2008年に集英社運営の『VOMIC』にて全8回のラジオドラマが放送された。
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